087: バカは死んでも治らない
2013.05.25
※著書「心のしずく」より ~アーカイブ100回連載シリーズ~
※この記事は、平成八年~平成十六年にかけて執筆されたものです。
信頼の関係はおかげさま。お互いさまで成り立つ。人さまから信頼を得ようと思えば、先ずその前に自分の方から信頼を寄せなければならない。相手にもよるし、自身の人品骨柄もあって長い時間の辛抱と誠意が要る。そうそう一朝一夕にしてつくれるものではない。
自分が相手の立場になって考えれば自ずと分かることだが、これが備わった人は多くない。その理屈は百も承知なのだが実際にできるかどうかとなるとむずかしい。自分を無にし、その間の空しさや淋しさは辛いものがあるが、それを越えないとこの境地に近づけない。
「この俺が俺が」と我を張っているうちはまだまだだ。それには先ずよく自分を知り、そして相手をよく知ることから始まる。人というのは人のことは細部までよく見えるものだが、いざ自分のことになると盲目になるものだ。人には厳しいが自分には甘いのだ。
勝手なことを言いたい放題言う奴に限って、その言動に責任をとった奴はいまだかって
見たためしがない。何様のつもりか知らないが事訳もよく分からないくせに浅はかにも図に乗ってしゃしゃりでてくる奴にいたってはもはや救いようがない。こういうバカは身近にゴロゴロといる。
バカは死ななきゃ治らないというが、ほんとうのところはバカは死んでも治らない、延々と際限なくあの世へと引きずっていく。バカと利口の差はその尺度によってはいろいろあろうが、バカは自分のことを棚に上げて他人のせいにする。利口は他人のことは棚に揚げて自分のせいにする。それぞれ上げるものが違うのだ。
利口は、今日あるのは身近な人をはじめ多くの人からのおかげだと感謝し、うまく行かなかったら自分の身から出たサビと考える。バカは人さまから大なり小なりお世話になっていながら、バカ故に分からず、感謝の気持ちなどというものは露だにもない。バチ当たりなのだ。先々こんな奴にいい人生はありえない。どこかで必ずその報いがくる。自分のみならず家族や子孫まで。
要は自分のおかれた立場をよく弁えることだ。前後の事訳を知らずして不用意な言動は慎まなければならない。とりわけ無責任な生半可な情報の提供はどれほど事実を歪め人を傷つけてしまうことか。憎むべき犯罪に等しい。また恨みに根が生えると、陰に陽に攻撃を仕掛けてくるのも人間の性状なのだ。まいた種は自分で刈り取らなければならない。
世の中良きにつけ悪しきにつけおかげさまとお互いさまの原理が働いている。
平成十五年六月三十日