051: 自分に勝つ

2011.11.25

著書「心のしずく」より

※著書「心のしずく」より ~アーカイブ100回連載シリーズ~
※この記事は、平成八年~平成十六年にかけて執筆されたものです。

 人生も仕事も闘いだ。
 その闘いの相手は他人よりも自分だ。自分に負けて他人に勝てるはずがない。先ず自分を治めてこそ相手と尋常に勝負が出来る。
 闘いで熱くなることは結構ではあるが、感情に走ってしまうと自分を見失い敵の思うツボになる。よくよく自分を客観視できるように努めないと自滅する。カッカとしてきたら黄信号と思って、ひと呼吸を入れるとか、風を入れるとかして、少し間をおいてみるといい。一陣の風は心底によどむ悪気を吹き飛ばしてくれる。心の風通しは生きる術としてかなりの効用がある。
 さて勝負には負けることもあるが、そのことは概してそれほどの問題ではない。大事なことは、それを反省材料に、貴重なノウハウとして取り込み、蓄積し、次に活かしてこそ価値があるというものだ。
 いちばん怖いのは反省なくして、だらだらと負け続けることだ。負けぐせがついてしまって、それが当たり前のように痛くも痒くもなんとも思わなくなってしまうと始末が悪い。どうしたものかと、あれやこれやと考えたり、悩んだり、努力や工夫を放棄してしまうわけだから、ただ何となく息をしてるだけの中味のないフヌケ人生と言わねばなるまい。その様子はまさに生きる屍で、まったく生活反応もなくどうにも哀れで惨めなことだ。
 こういう人の処方箋はむつかしい。どんなに意を尽くして説諭したところでノレンに腕押し、ヌカにクギで箸にも棒にもかからない。こういう人には一見酷かもしれないが、いっそのことどん底へつき落としてやったほうが当人のためになる。どん底は暗やみの世界だから、時が立つうちに、だんだんといたたまれなくなり、かすかな一点の光明でもかざせば有り難い太陽のように思えて、今度は自らそれを求めて這い上がろうとしてくるであろう。その時がチャンス、砂地の水が如く効果てき面だ。
 また学習効果という言葉がある。
 赤ちゃんに何度となく口うるさく、ちんちんのアイロンを触ってはいかんと教えてもなななか難しい。しかし一度たりとも触れて火傷でもすると懲りてもう二度と寄りつかなくなる。痛い、辛い、厳しい体験ほど説得力があり、骨身にしみる教育になる。
 知るは知識、分かるは経験、知ると分かるの違いは大きい。知識は経験の重み深みにはとても及ぶところではない。

平成十二年五月三十一日