027: 死ぬまで挑戦
2010.11.25
※著書「心のしずく」より ~アーカイブ100回連載シリーズ~
※この記事は、平成八年~平成十六年にかけて執筆されたものです。
過日、縁を頂いて瀬戸のまちを一望できる高台に加藤五山さんの陶房を訪ねた。
現在、先生は日本では屈指の陶芸の大家であるので、お会いするまでは、さぞかし芸術家特有の気むづかしい、近寄りがたいお方かなあと思っていたところ、初対面ですぐさまその心配は見事にふっとんでしまった。
なんとも気さくな心安い、ざっくばらんなお人柄にはびっくりさせられた。もう一つ驚いたことに玄関までのアプローチや陶房の周りの野天には収集家や観る人が観たら、のどから手が出そうな数々の代物が無造作にあちこちゴロゴロところがっている。
先ず、茶室に通され奥様が自らたてられるお茶を贅沢にも先生の茶碗で恐る恐るいただいた。奥様に「恥ずかしながら、作法がよく分りませんので・・」と申し上げたら「お茶は、おいしく召し上がっていただければそれでいいのですよ。どうぞ、気楽に」と一、二時間のつもりの予定が、アットホームで居心地がいいせいなのか長居をしてしまい、とうとう夜になってしまった。これはいかんと思い、お礼とお詫びを申し上げておいとましようとしたら、「ご飯を用意しとるで食べていかんかね」ということになり、ついついお言葉に甘えて奥様の手料理と美酒、先生の貴重なお話やらですっかりご馳走になってしまった。
せいぜい一〇坪ぐらいだろうか、作品の展示室に案内された。陳列台には天皇家ご愛用の茶器、花器をはじめ数々の名品が所狭しと並べられ、宝の山の壮観さにはど肝を抜かれた。小さな展示室なのに、ここに居るとさながら芸術の極致が限りなく広がるひとつの宇宙空間だ。
「この作品のうち、先生が一番気に入っていらっしゃるのはどれですか」と尋ねると先生言わく「どの作品もすべてそれぞれに深い思いがあるが、どれもこれも気にいらんです。先代、先々代と比べられたら、私なんかまだまだ鼻ったれ小僧ですわ。だから、これからう~んと性根を入れて精進をせんとね。今ある時間を大事に大事にして、後生の人に笑われんようにね。死ぬまで挑戦だ。私から挑戦をとったら死ねと同じだ」と。
八〇の齢に近いというのに炎のような気概がびしびしと伝わってくる。語る口調こそ穏やかであるが、ほとばしるような魂の叫びと執念には幾度か震撼させられた。
世の中にはすごい人がいる。
平成十年三月三十一日