思うままに No.281

2019.04.30

エッセー「思うままに」

   

※エッセー「思うままに」より ~毎月更新~

 

 貴景勝関がついに大関の座を射止めた。いよいよ綱に一歩近づいた。あまたの大型力士がひしめく中で小兵力士の快挙には胸がすく。血の滲むような稽古で磨きつくり上げた突き押しの能力を最大の武器にする。そのなせる所以は小兵だからだ。明らかに体格で劣るハンディキャップを見事に強みにかえそれをバネにして闘うところが相撲ファンを魅了してやまない。突き押しにこだわるのは自分の身体の特徴を最大限に活かすために考えに考え抜いたところの戦略だ。

 

 どこの世界も上へと登りつめていく人に共通して言えるのは並々ならぬ覚悟とたゆまない工夫と努力、そして感謝の念が深い。弱冠22歳というのに武道の精神を重んじるとの口上にはもはや求道者の風格さえ漂う。他の力士も是非見習って欲しいものだ。小学三年生から相撲を始めるが驚くことにその頃の作文に横綱になるという決意のほどが書かれていると聞く。これからの角界を背負い高みへと引っぱっていくものと大いに期待したい。

 

 さて能力は持っているだけでは全く価値はない。宝のもち腐れだ。能力は発揮してこそ価値がある。能力もいろいろだが、そのうちで最高の能力は何か、やはり努力に勝る能力はない。この偉大な力はありとあらゆるところで発揮され通用していく。努力とは頑張る自分を信じて、自分を裏切らない、自分を見捨てない。自分を諦めないことを意味する。自分で決めたことは何があろうがやり続ける。やり抜く覚悟をもってこそでき得るものだ。

 

 どうしてあの人はあんなにうまくできるのだろうか、運がいいから、恵まれているからなどと人は訳も分らず評論するが、ほんとうのところは人の目につかないところで、もの凄い努力を重ねているのだ。運でさえも努力によって自分の味方につけてしまう。

 

 <ただ見れば何の苦もなき水鳥の足にひまなき我が思いかな>一見のんびりと気持ちよさそうに遊泳する水鳥は目に見えない水面下ではせわしく足で水を掻いているのだ。血の滲むような努力、誰にも負けない努力は凡人にはおいそれとできる芸当ではないが、そこまでいかなくても少し緩めれば誰でもできそうな方法がある。<もうちょっと>の法則だ。

 

 その昔アラスカはユーコン河のゴールドラッシュの時代、金鉱の採掘者が一攫千金を夢見て、穴を掘り続けるのだが、苦労の甲斐なく途中で諦める。その後、そこへ他者がやって来て、ほんのちょっとスコップを入れたところついに金脈に当る。それを伝え聞いた前者はじだんだを踏んで悔しがる。<もうちょっと>掘り続けていたらなあと。