思うままに No.190
2011.09.30
※エッセー「思うままに」より ~毎月更新~
野球の世界に「一球に泣く」という言葉がある。たったの一球の失投が試合の流れを変え負けにつながるという意味だ。せっかく好投していたのに不用意、不覚の一球が悔やまれる。試合の過程には、ここぞという勝負どころがある。その勝敗の行方を左右するのは技量の大小よりもむしろ意識の高低で決まる。ここぞという正念場のときは魂が球に乗り移る。入魂の一球は技を超えて人間力とその気迫による高次元のレベルだ。
さて、投手の一球のように一言についても同じことが言える。人間は言葉を駆使する唯一の動物だ。言葉は単なる情報伝達をするだけの無機質な道具ではない。言霊と言われるように言葉には精神作用が宿る不思議な力をもつ。夫婦、家族、友人、お客さま、地域、職場等々、日常の諸々の人間関係の場において使う一つひとつの言葉を大事にしたい。
<言葉は魂だ>
ひとつの言葉で励まされ
ひとつの言葉で気落ちし
ひとつの言葉でけんかして
ひとつの言葉で仲直り
ひとつの言葉で助けられ
ひとつの言葉で見放され
ひとつの言葉で嫌になり
ひとつの言葉で好きになり
ひとつの言葉で嬉しくなり
ひとつの言葉で悲しくなり
プラスの言葉には精神に勇気と希望を与える。常に自分の口より発した言葉を他の誰よりも真っ先に聴くのは一番近くにいる自分の耳だ。丸い卵も切りようで四角、ものも言いようで角が立つ。だからこそいつもプラスになる言葉を心がけよう。またここぞのときは一言に魂を入れてみよう。入魂のプラスの言葉は、それを聴く相手にもそれを発する自分をも良くする魔法の杖だ。日頃、失言の少なくない小生は身にしみてほんとうにそう思う。
「一言に泣く」のではなくて、「一言に笑う」というようにかくありたいと思うことしきりだ。