思うままに No.250

2016.09.30

エッセー「思うままに」

   

※エッセー「思うままに」より ~毎月更新~

 

 小生などは日常茶飯事のことだが思いこみから勘違いをしたり人に迷惑をかけたりしてよく冷や汗脂汗をかく。思いこみというのは厄介なもので、自分の記憶や認識が正しいものと頭から決めこむことによる。この弊害は硬直的で柔軟性を欠くことから、思いなおしてみることや、また新しい発想は生れない。

 

 せっかくの人様からの有り難い情報や助言を頂いているのに思考がまひして愚をおかす。思考も行動もブレーキがかかり、とどまったままでは前に歩を進められない。また思いすごしも過敏になっていいことはない。ああでもない、こうでもないと余計な思考が邪魔をして堂々巡り、いっこうに埒があかない。

 

 人間は思考の動物であるが故に長足の進歩発展を遂げてきたが、その反面前進を阻む思いこみや思いすごしの呪縛にもかかり易い。日々私たちは何かにつけて、何がしかの判断をして事に当る。とりわけ重い案件になるほどその精度を高めるために、できる限り他からの情報を求めようとする。ただし情報にはつねに正否が混在していることをとくと認識しておかなければならない。

 

 またよくあることだが、考えすぎて(熟考とは違う)問題の核心からはずれてしまい適切な判断を誤ることがある。そういう時には思いこみや思いすごしに陥らないよう一度風を入れ、間をおくといい。頭を空っぽにし、改めてリセットすると脳は呪縛から解放されて一息をつくことで細胞が蘇生し活性化し始める。

 

 また難題につき当ったら、いったん初心や基本にかえる習性を日頃よりつくっておくことだ。わざわざ事を複雑にする愚を避け要点を絞るといい。とりわけ人間関係の悩みや歪みなどの原因は相手がどうのこうのというより、むしろ自分の思いこみや思いすごしによる心の処し方に問題がある。見る自分の心のレンズが歪んでいれば自ずと被写体である相手も歪んで映る。

 

 ときには思いなおしてみると案外に人の景色が変ることに気がつき、思ってもいなかった相手のよい面を新しく発見できる。決めつけず固まらず柔らかい心と頭をもてるように意識したいものだ。

 

 そもそも相手に変ってもらうことよりその前に自分を変えることだ。自分のことを棚に上げておいて相手に変ってほしいというのはおこがましいというものだ。その主たる原因は思いやりの欠如、強い依存心、錆ついた固定観念、そして自己中心的な身勝手から起きることを折にふれて思いなおしてみることだ。