思うままに No.209
2013.04.30
※エッセー「思うままに」より ~毎月更新~
「好事魔多し」のようにいいときにこそ浮かれず、先々のリスクのことをよく考え、念には念を入れて自重しなければならない。出たとこ勝負は後手に回る。
山があれば谷があり、楽あれば苦ありで物事の動向には強弱、高低があるにせよ成否は必ず巡り巡ってくるものだ。谷や苦のことをいつも想定し、できる限り大事に至らないよう普段から準備してかからなければならない。痛い目にあってからあわてふためいたりしないようにするためにも。加えてちょっとばかりいいからといって、あろうことか有頂天になろうものならとたんに厄介なリスクを自ら招くことになる。
また「浅い川も深く渡れ」というように浅い川だからといって高をくくると危ない。浅い川といえども深い川と同じように用心して渡らなければならないという油断を戒める意味だ。高い段差には注意するものだが、低い段差にはしばし躓いては転ぶ。通常の業務のなかで手慣れたことほど気を付けなければならない。習うより慣れろではあるが慣れ切ってしまうところに落とし穴がある。
慣れない初めのうちは失敗しないように用心するものだが、慣れは得てして惰性も加わり注意力が散漫になりつまらないミスを誘う。だから日々業務につくときには、今日が初めての日と気を引き締め新しい気持ちで向かうと創意工夫も生まれ、これまで気の付かなかった発見に出会う。
元NBAのスーパースター マイケルジョーダンが常々口にしていた言葉がある。「今日が自分の最後の試合だと思って臨め」と。またアップルの創業者故スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式のときのスピーチで今も語りつがれた言葉がある。「もし今日が最期の日であるとして、従前からやってきたことをまた同じようにするだろうか」と。両氏ともその胸中に共通するものは、日々新たな挑戦により限りない可能性を追求する上で日々真摯な自己への問いかけをし続けたことにある。
茶道の世界にも一期一会という言葉がある。今日の出会いが最期だと思って人には真心をもって接せよの意味にも通じる。
我々は公私とも日々実に多くの人たちと出会う。出会うそれぞれの人たちに対して、この一時がこれで最期になるかもしれないとしたらその瞬間瞬間に自分はどうあるべきか、貴重な縁があっての相手にどのように接するべきか、いま自分が出来得ることでどう最善を尽くすのか、そんなことをつらつらと思う今日この頃だ。