062: 天から試されている逆風
2012.05.10
※著書「心のしずく」より ~アーカイブ100回連載シリーズ~
※この記事は、平成八年~平成十六年にかけて執筆されたものです。
人の本性が如実に現われるのは出会いより別れのときだ。
出会いのときは満面の笑で丁重なあいさつを交わすのだが、いざ別れのときになると、ただのあいさつさえもできない人が少なくない。いつの世も非礼な奴は自分から世間を狭くしていく。自分の将来の芽を自分で積みとっていってしまう。
世間は広いようで狭い。人脈や人間関係は縦横無尽に張りめぐらされており、思いもよらぬところで回り回ってつながっている。だから人の道をはずすと後でしまったとホゾをかんでも、時すでに遅しであちこちに敵を増やしてしまうことになる。まいた種は善きにつけ悪しきにつけ必ず芽をだす。別れのときは、出会いのとき以上に心をくだいて、ていねいにしなければならない。「立つ鳥後を濁さず」である。
人の真価についても順風のときより、逆風のときにその人のほんとうの姿が現われる。逆風のときこそ心して前向きでなければならない。苦境のなかの頑張りは多くの貴重な、人生の宝物を手にすることができる。ほんとうの逞しさや優しさを育んでくれるし、お礼の言葉もない有り難さや人の情が身にしみて、人生を豊かに、味わい深いものにしてくれる。さらに生き生かされているという強い実感にひたることができる。また周囲の人についても、普段ではみることのできないほんとうの姿が分かり、人というものがよく見えてくるものだ。
順風もよし、逆風はさらによしである。順風のときはおかげさまに感謝し、逆風のときは、いま自分が天から試されていると思えばいい。人生は長い、いろいろなことがあるがそのたびに一喜一憂していたら、心がくたびれ、人生がしぼんでしまう。その度に振り回され、流され、自分が不在になる。何が起きようとも、腹を据え、希望をしっかりと持ち続け、いま自分にできることに、集中して全力を尽すことだ。
集中力からはもの凄いパワーが生れる。枝葉末節、つまらないことから心を解放し、一点にエネルギーを傾注していくと、結果は自分でも信じられないことが起きる。無我夢中とはこのことだ。
さて新入社員の諸君、少しは仕事のむずかしさ、奥深さが分かりかけてきたことであろう。言っておく、百害あって一利なしの、くその役にも立たない不安や心配をもつことは無用なことだ。そんなヒマがあったら、商品の一つでもしっかり勉強しておけ。
平成十三年四月二十七日