061: デジタル時代のアナログな触れ合い

2012.04.25

著書「心のしずく」より

※著書「心のしずく」より ~アーカイブ100回連載シリーズ~
※この記事は、平成八年~平成十六年にかけて執筆されたものです。

 昔から「坊主の言うことをなせ、坊主のすることをなすな」とあるが、仏の道、人の道を説くお坊さんでさえも言うこととすることはなかなか合致しないようだ。しかし世の中には地位も名誉も名もないが品性の高い立派な人がいる。
 誰に頼まれたわけでもなく、対価を求めるものでもなく、街のあちこちで、コツコツと永きにわたって清掃や人の世話などの奉仕活動をされている人たちにはただただ頭が下がる。
 以前のことであるが、一体こういう人はどんな人であろうかと興味もあって、失礼を顧りみず、愚問を承知の上で、一度尋ねたことがある。「いつもご苦労さまですね。ご無礼ですが、おじさんはどういう訳で、こういうことをなさっていらっしゃるのですか」するとおじさんは腰をかがめながら、ニッコリと会釈をされたかと思うと、また、額に汗を光らせて、黙々と道端の清掃に励んでいる。私の問いかけには一向に答える様子もない。
 しばらくしてから、まだそこにつっ立っている私に気づかいをされたのか、ようやく重い口を開いてくれた。独りごとを言うように小さな声でポツリと「恥しいがね、そんなこと聞かんでぇ」と。後で、変な聞き方をしてしまったなあと悔みながら、間の悪くなった私はその場を逃げるようにして立ち去った。ほんとうの教えとはこういうことだと思う。無言の行いは有言の行いと比べて、はるかに奥深く、重く心にずっしりと響いてくる。
 さて新世紀に臨み、決意も新たにチャレンジ二〇〇五(希望と豊かさへの挑戦)がスタートした。これからますますITの時代になるが、その技術革新は予想を超える速度で進化発展を遂げていくであろう。世界の名だたるIT産業のトップたちも異口同音にITはあくまでもひとつの道具に過ぎないと説いているところであるが、とどのつまりは文明文化の主人公は常に人間であるということだ。換言すればデジタル化が進めば進むほど、人間の本質であるアナログなふれあいが大事になってくるということだ。
 この弱肉強食の大競争の時代、生存の保証は誰も約束してくれるものではない。唯一の頼みは企業の自助努力しかない。その基は人づくりしかない。もはや一〇年ひと昔ではなく、一年一昔の大スピード大変化の時代だ。こういう時代こそチャンスもまた大きい。チャレンジがチャンスをつくりチャンスがチャレンジを待ち望む時代だ。
 その意味でふれあいを基本とする常備配置薬の配置販売業、さらに当社の戦略はまさに時代に即応したものだ。隣の芝生よりうちの芝生はず~っと青いのだ。有り難いことだ。

平成十三年三月三十日