思うままに No.183
2011.03.01
※エッセー「思うままに」より ~毎月更新~
模倣(マネ)と創造は反対語ではあるが模倣は創造の母でもある。人類の進化、文明の発展はマネという創造なくしてありえなかったであろう。文化、社会、経済、科学、芸術、スポーツ等々あらゆる分野にわたってマネが果たしてきた効用には極めて大なるものがある。
マネは先ず他をお手本にして自分も会社もあのようになったらいいなぁという思いをもつことから始まる。見よう見まねで勉強し消化して、さらに自分流の価値を加えて新しいものを造っていく。自分にないものを他から得ようとするのだから並大抵のことでは叶わない。くり返しくり返し試行錯誤しながら忍耐と努力工夫を要する。猿マネなどと揶揄、軽蔑されようが、いちいち気に掛けていてはものにできない。ああなりたいと思い続ける一心がそうさせる。それは決して恥ずかしいことでも憚ることでもない。大いにマネをしていくべきだ。
小説や映画の中で登場人物の生き様やセリフに感銘して、俺もああいう風になりたいなぁと幾度となく思うことがある。あの人だからできるのであって、とても自分では無理だと思うその思いが何よりも大敵だ。他によってできるカベよりも、わざわざ自分のほうからカベをつくってしまう。実に理不尽なことだ。
あの人だって特別な人ではない。自分と同じ人間ではないか。自分だってその気になればできるのだと思うことが大切だ。あの人だって、あの会社だってもとからできていたわけではない。初めは他をマネ、イメージづくりをしながら、練磨し、その気になってやり続けた結果いまあるのだ。
マネはマネをしようとすること、そのことがすでに創造に向けて着手したことに他ならない。さあさあものマネから始めよう。そもそも人は万能ではない。万のうちせいぜい一つ秀でたものがあれば十分だ。その一つさえもないのが大半だ。だからそれ以外の多くの諸々のものはお願いして借り受けるか、あるいは進んでマネをして取り込んでいけばいい。
誰にでもよく見えて分かり易いのは形だ。思いたったら吉日、先ずは形から入ればいい。それを徹してやり続けるうちに中味が徐々に詰まってくる。周りにはいい手本がいっぱいある。それをマネしない手はない。羨ましがっているだけでは何の進歩成長もない。
TIME IS MONEYと同様、マネISマネーなのだ。