思うままに No.195

2012.02.29

エッセー「思うままに」

※エッセー「思うままに」より ~毎月更新~

 心なしか甘く薫る風に吹かれて、春が陽気に小躍りしてやって来た。今冬はずいぶんと寒い日が続いたせいか、ことのほか春が愛しく恋しい寒あれば暖あり、苦あれば楽あり、森羅万象ありとあらゆることが交互にやってくる。自然も人間と同様その営みにあっては正に禍福はあざなえる縄の如しだ。
 さて世の諸々のこと大義があってこそ敢然と立ち向かうことができる。もしそれがないとしたらその言動は卑しく浅ましい。大義とは人としてなすべきもっとも大切な道義や義理を言う。
 <大義親を滅ぼす>
 大きな道義のためには私情を捨てなければならない。君臣間の大義を全うするためには父子兄弟といえどもその情愛を犠牲にすることがあるという意味だ。中国の春秋時代のこと石さく(せきさく)は実に二心のない立派な臣として評判の高い人物であった。ある時争いから州吁(しゅうく)という男の大逆を糾弾しこれを亡き者にしたが調べていくうちにわが子の石厚(せきこう)が関与していたことが判明し、これを同罪としてわが子までも処刑した。大義のためには肉親であろうが断固として処す。
 大義と小義、義憤と私憤、義理と人情、人生にはいろいろの場面で葛藤が生じる。惑わしい、悩ましいことだが、絶対に間違えてはならないことは、常に大義に立っての判断と処し方が大事だ。世話になったから、よくご馳走してもらったから、長いつきあいだから、親せきだから、友達だから等々、個人的な感情から私的な関係に重きをおくと肝心の大義を失い、自らを棄損するだけでなく周りに多くの犠牲者を出す。
 <泣いて馬謖を切る>
 全体の秩序、規律を守るためにはたとえ愛する部下であっても、掟に背けば厳正に処分する。三国志に登場する蜀の諸葛孔明は部下の馬謖(ばしょく)が自分の言いつけを聞かず独断で軍を進めて戦いに敗れたとき親友の息子ではあったが軍法を曲げるわけにはいかず涙を流しながら斬ったという故事。
 大義を企業社会においてみればそれは創業の精神や企業理念、方針であったり、またCSR、コンプライアンス、ガバナンス、倫理綱領、誓いの言葉、社訓のことを示すのではなかろうか。