思うままに No.194

2012.01.31

エッセー「思うままに」

※エッセー「思うままに」より ~毎月更新~

 人間は思い込みや先入観による呪縛にかかると、もの事の善し悪しの判断を過つ。とりわけ人に関わることになると、それが高じて坊主憎けりゃ袈裟まで憎しとなる。また一方的な話だけを聞いての判断は禁物だ。口約束や甘言、巧言には用心だ。あとでしまったと自分の浅はかさに悔やむことになる。
 当たり前のことだが、多くの人からの話に耳を傾けることが、適切な判断につながる。自分もそうすることで何度となく助かったことがある。また経験は大事であるが、それを生きた教訓として後に活かすためには、よくよく自省しないと身に付かない。ときには経験は船底につくカキ殻のように厄介なもので固執すると判断の妨げになる。
 花瓶の水は適度に入れ換えないと腐るように、経験に絶えず新しい知識と異なる視点を加えることによってより思索が深まり、見る目の精度が高まる。見識はそれらの蓄積によりつくられる。人を見極めるのは難しいことだが、その前に自分自身をよく見つめなければならない。自分の目が歪んでいれば自ずと正しく見えない。思い込み、先入観、偏った情報がこの歪みのもとだ。
 さて組織は常に有用な人材を必要とする。人を用いるのは能力を用いるのであって、単に好き嫌いの感情でもって決めてはならない。あくまでも事業目標の実現を念頭において最適な所で最適な能力ををもつ人を用いるものだ。組織は築城の石組みのように大中小の石がそれぞれの役割を果たすべく能力の組み合わせによる。
 歩のない将棋は負け将棋と言われるように、責務において上下、軽重はなくみな等しい。それぞれの役割に適う能力が配置されて堅ろうな城ができ上がる。
 ガキの社会は好き嫌いのレベルで通用するが、大人の社会はそうはいかない。通用するのは能力だ。しかも実行する生きた能力だ。人材の登用活用は感情の物差しではなく、様々な能力を組み合わせ掛け算する勘定の物差しで計るものだ。
 また企業の組織は、当たり障りのないYESマンや面従腹背の無責任な人の集まる仲良しクラブではない。目的、目標達成のために表で正正堂堂と議論を戦わせる同志のクラブだ。その絆の強さは前者の比ではない。有事のとき仲良しクラブはちりちりばらばら、皆一目散に逃げ出す。一方同志のクラブは固い結束力でもって難局に立ち向う。
 我々の目指すのは、志を同じゅうして様々な能力のモザイクからなる活力に満ちた、希望の実現に向かう人づくり、組織づくりだ。