思うままに No.177

2010.09.01

エッセー「思うままに」

※エッセー「思うままに」より ~毎月更新~

 この頃の時候のあいさつは「いつまでも暑いですね」で始まる。暦の上ではとっくに秋なのだが残暑というより盛夏だ。因みに世界の最高気温の記録はイラクの58.8度だそうだ。
 地球温暖化の犯人扱いされるのはCO2だが原因はそんなに単純なものではなさそうだ。地球の長い歴史からみれば温暖化と寒冷化は交互にくり返してきたと聞く。宇宙の仕組みやメカニズムは複雑怪奇にして超難解なもので到底人智の及ぶところではない。
 さて、いまいましい天敵の蚊は炎天下では草むらの中で昼寝でもして待機する。蟻もそうだ。今夏も蚊のみなさんには献血にずいぶん寄与した。腕に止まるやいなや素早く吸血する。その手際のよさと腰を入れての一点の集中力には感心する。因みに刺すのは雌だそうだ。
 もうひとつの天敵はゴキブリだ。人が寝静まるころに我がもの顔で暗躍する。一匹見つけたら背後には百匹はいると言われる。その敵影を目にしようものなら親の仇にでも会ったように叩きのめそうと新聞紙を丸めて、直ぐさま戦闘態勢に入る。敵もさるもので驚くほど身動きが速い。おまけにかなり頭もいい。しばし裏をかかれる。
 忍者みたいに素早く身を隠す。生きるか死ぬかだから当然のことだ。すき間から出てくるのを息を殺して辛抱強く待つ。何しろ用心深いのだ。射程距離に入るまで抜き足、差し足、駆け引きが続く。一種の狩猟の気分だ。死んだふりもうまい。仰向けになって、退路を断たれ絶体絶命のときよくやる手だ。油断していると一瞬のスキをぬって、身を返して逃げられる。
 夏の風物詩では、やはり元気ハツラツのセミだ。あの騒々しい鳴き声が暑さを増す。ニイニイゼミから始まってアブラゼミ、クマゼミ、最後にツクツクボウシと主役が重なりながら交替していく。地上に出てからはほんの短い命、我が世を謳歌する。鳴くのは短命の雄だそうだ。
 セミというとホタルを思い出す。都都逸にこんな粋な文句がある。「恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」炎天下の草花も葉を干からびさせ、くたんとうなだれる。直ぐ水をやりたいところだが、こちらも我慢、少々間をおいてみる。生き抜く力、逞しさがこのとき身につく。日常、虫や植物の生態を観ているとよく人間と重なるものがある。
 それでもこのところようやく夜になると、心地よい虫の鳴き声が、しのびよる秋の気配を伝えてくれる。そろそろしつこい夏ともお別れだ。