■3/24(土)体調を崩し真っ白な便が
ホームステイは子供達に囲まれ楽しいまま終了。そしてディナバンブー村に戻り公立病院を見学したが、まず懐かしい光景を目にしたのが使用済みの注射器をみんなの目に触れる所に無造作に棄ててあったこと。私の中学時代、まだC型肝炎やエイズが騒がれていなかった頃、学校の近所の病院の外に使用済みのそれが無造作に棄ててあり、水鉄砲がわりに遊んだことを思い出した。その後注射針の回し打ちでのC型肝炎等の感染が社会問題となり日本でこのようなことはなくなったが、目の前では針が付いたままの使用済みの点滴までもが棄ててありとても驚いた。
この頃から暑さによる体調不良で食欲も落ち、夜に行われた現地の人との交流会を欠席してしまった。その後トイレに行ったらカチカチの白い便が出てゾッとしたが、その日のうちに普通の色に戻り1ヶ月近くたった今でも生きているので「あれは一体何だったのかな?」といった感じだ。
■3/26(月)小学校訪問・植樹、そして2軒目のホームステイ
こちらの子供達によく言われるのは「髪形が面白い」、「コッコ(にわとりの鳴き声のインド流例え)ヘアー」、そして1人の少数意見として「セサミーストリート」とも言われた。セサミーストリートの顔が長くて髪が頭のてっぺんに「ちょろん」とあるヤツとは日本でもたまに言われていたので、何を言わんとしているかはすぐ分かった。私が整髪料を初めてつけたのは中学2年だが、こちらでは小さい子供にもジェル状のモノをお母さんがつけてあげていた。アクセサリーはお腹まわりや足首にもつけており日本の子供よりオシャレだと思った。
小学校では植樹を行い、芸能人でもないのにサインをせがまれ、不思議な気分だった。そして2軒目のホームステイ先へ。まず嬉しかったのが「クール・ドリンクス?」と尋ねられ、冷えたペプシを出して下さった事。宿舎にも冷蔵庫がなく冷たい飲み物に飢えていたので生き返る気分だった。
先にドライヤーが使えず変圧器のせいにしていたが、やっと気が付いたのは、朝は必ず停電しているということ。そして1日に4、5回1時間程度の停電は当たり前という状況で、こちらのデイビットさん宅で充電式の懐中電灯と扇風機を生まれて初めて見せていただいた。
お隣さんの縫製工場では昼間の停電で1時間ほど仕事ができなかった。でも笑い声が聞こえてきたのでそれに合わせて休憩している様子だった。デイビットさんは病院を経営しておられ、その割には普通の生活を送っている感じだ。それは営利に走らず人助けを第一に考えておられるからで、私にも手厚くもてなして下さった。
夜スタッフの「なおさん」が来てくれて判明したのだが、デイビットさんは、僕をバイクでいろんな所へ連れてって下さる予定だったのが、私が前日に「バイクの【運転】は怖い」と言ったつもりが「バイクは怖い」と伝わってしまい予定を変更されたそうだ。英語ができないばかりに、せっかくのご厚意とチャンスを逃してしまった。
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