農村ホームステイの際、そこに住む多くの子供たちは初めて見る日本人の自分に対し、たくさんの質問をして、日本と言う国の文化や風土に想像を膨らませ、ワクワクした笑顔を見せてくれた。それは大人も同じで、お互いに慣れない英語を使い、色々な情報を交換した。
多くの村人が訪問の一週間前に起きた東日本大震災の心配をしてくれ、訪れた寺院の僧侶は日本人の僕のために、日本の一日も早い復興のためにとお祈りをしてくれた。
村で出会った老人は、パンをお供え物の代わりとして差し出してきて、「遠い日本から来てくれたアナタと友達になりたい。」と言い、私がそれを快く了承すると、涙まじりの笑顔で力いっぱい私の手を両手で握り喜んでくれた。このように、村では多くの人たちが、まるで珍しい動物を見るように私の元を訪れ、笑顔で挨拶をしてくれた。
ホームステイ先の家庭には私とひとつ違いのアダムスという青年がいたが、彼は父親のように将来は牧師になり、村内の生活に困っているアウトカーストの人々に、正当な給料での仕事を紹介できるようなソーシャルワーカーになりたいと夢を語った。
いかなる環境の中にいようとも、必死に生き、様々な苦悩と戦いながらも笑顔を絶やさない。弱いからこそ助け合う、どの村内、どの集落でも人と人との距離が近く、すべての境遇や困難を共有して生きている人たちだからこそ強いのだと、私には心からそう思えた。
■ホームステイを終えて
私が過ごしたインドでの10日間は、言葉では言い表せないほどとても色濃く私の中の記憶に残った。自分が暮らしている日本の裕福さの影にはこのように苦しむ人々がいて、自分はそれを知らずに暮らしてきた。そしてまだ多くの人々はそのような現状を知らずに暮らしている。今回学んだ現実を、このレポートを介してより多くの人たちに知ってもらいたい。
今現在、日本ではさまざまな基金やボランティア活動があり、アクションを起こそうと思えばいくらでも出来ると思う。まずは知ることから、同じ人間としてこのような環境下に置かれている人たちの生活を、受け入れて欲しいと心から願う。
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